経営者は「オレがやったほうが早い」をこそシステム化の原動力に

 多くのシステム屋は、経営を学ぶことを食わず嫌いしています。私も長い間そうでした。
「理系が社長になっちゃダメだよねー」
と本気で考え、公言していました。


 その考えを、最近になって改めつつあります。なぜならシステムとはそもそも、経営者以外の人間の手で作られてはならないものだからです。


 組織がうまく回って良い仕事をするための仕掛けを考えることは、経営者の最も重要な職務であり、そのピタゴラスイッチ的愉しみは経営者のみの特権です。
 この仕掛けは、とりあえず人手で行うよう実装することもできますが、それだとときに間違いが起こります。やはりできるだけ早い時期に、システム化して、省力化しかつ社員を縛ってしまうほうが、安心で確実です。
 このシステムもまた、仕掛けを考え出した張本人である経営者によって実装されることによって、その仕掛けの真髄を最も正しくそなえることができます。


 一般に、有能な上司は部下の仕事に対して、多かれ少なかれ「オレがやったほうが早い」という気持ちを強くいだきます。それでは部下は育ちません、ぐっとこらえましょう、とわかってはいても、つい手を出してしまいがちです。
 上司のいわば最上級である経営者は、必然的に、この「オレがやったほうが早い」症候群の重症患者です。とりわけ創業者はそうでしょう。経験豊富な、時代を読む力に長けた、自信に満ちた経営者ほど、そうであるがゆえの強烈な「オレが全部やってしまいたい」衝動と日々闘っています。強烈な負のエネルギーです。


 せっかくのエネルギーなら、それを正に転換できないか。それが経営者の有能さに根ざすものであるならばなおさらです。
 オレのやり方で動く組織の仕掛けを不断に作りつづけ(仕組み化)、それをシステムに作りこんでオレ流を誰にでもできるようにしつづけること(システム化)こそが、この「オレが病」を「良い体質」へと劇的に意義反転させる手段であり、経営者の燃えるエネルギーを組織の前進ギアに連結する最良の方法でしょう。
 システム化は、経営者の意志をストレートに社員にいきわたらせる反面、良いシステム化は、コンピュータネットワークの特性を活かし、現場の知見をストレートに経営者に伝える効果も発揮します。これにより経営者は、現場の即応力を信頼できる裏づけを得ることができ、ひいては現場へのオーソライズを推進することができます。経営者の知らない所でチームが動ける裁量を大幅に増やすことは、スピード化・個客化する現代で良い仕事をし競争に勝つために不可欠の戦略です。


 こうした仕掛けやシステムを組織に導入することは経営者にしかできません。経営者でない並みの上司には、どんなに個人的に能力があっても、そうした権限は与えられていませんし、たとえ形式的に与えられていても、実態は関係部署との綱引きで消耗し初志を変質させられてしまいます。


 実際には、仕掛けをシステムとして実装する能力は、すべての経営者にそなわっているとは限りません。多くの業種において今日、システムは多かれ少なかれコンピュータを用いて実装されます。コンピュータを駆使してシステムを作る能力のない経営者が、その能力を身につけることは、容易ではありませんでした。
 そこで次善の策として、システム屋にシステム化を外注したり、社内システム部門に作らせたりすることが行われてきました。しかしこれは、ピタゴラスイッチの仕掛けを考えた人と作る人が別人であるような状態です。仕掛けを作る人に説明するのに莫大な時間とコストがかかりますし、正しく伝わるとも限りません。
 逆に、実装が技術的物理的に不可能な設計を、実装に疎い設計者が出してくる場合もあります。構想設計者と実装者との間に、だんだん齟齬が生じてきます。互いに、相手に対し否定から入るようになっていきます。
 仕掛けを考える人間と、それをシステムとして実装する人間は、別人であってはうまくいかないのです。


 仕掛けやシステムとは組織そのもの、経営そのものです。かつては、多くの経営者や担当者がその認識を欠いていました。仕掛け作りすらシステム屋にやらせるケースも稀ではありませんでした。これだと仕掛けとシステムの乖離は生じませんが、そもそも部外者が片手間に考えた仕掛けが組織を回せるはずもなく、使われないシステムはこうして大量生産されていきました。
 最近は内製化の傾向がありますが、問題は同じです。同じ社にいることで、多少なりとも意思疎通コストや意思不通リスクは軽減されているでしょうが、両者が同じ人間でないかぎり、ピタゴラスイッチを二人で作る場合に生じうる問題は、本質的には存在しつづけたままです。
 やはり理想的には、経営者が仕掛けも考え、システムの実装も行うのが一番ということになります。


 システムを作れる人間が経営者になることは可能です。むしろ、カネにまつわる話に対する食わず嫌いを直してその気にさえなれば、かなり適性が高いともいえます。まじめな経営は多分に数値化に落とし込める要素があり、数値どうしの連関を分析して論理的に洞察する作業があり、それらは理工系の作業過程・思考過程と大いに共通するところがあるからです。
 しかし逆に、ひと昔前であればシステムを作れなかった経営者も、今日、さまざまなウェブソフトウェアが登場し、これらを組み合わせるだけで組織向けシステムの多くは簡単に実装できるようになってきていることから、自力でシステムを作れるようになる可能性が大いに出てきました。システム屋とは、コンピュータが難しかった時代のあだ花だった、と語られる日もそう遠くはないかもしれません。


 経営に乗り出したシステム屋と、システム作りの能力を身につけた経営者。2010年代のプレーヤーはこの両者でしょう。経営に乗り出さないシステム屋と、システム作りの能力を身につけない経営者。2010年代のルーザーはこの両者であると言わざるをえないでしょう。


[2010.1.16追記]
 『ピタゴラスイッチ』は番組名で、あのカラクリは「ピタゴラ装置」と呼ぶらしい。