プログラム脳と外国語脳
専業のプログラマーでない僕には、ネイティブなプログラミング言語というものがない。
C++にせよ、PHPにせよ、JavaScriptにせよ、CSSにせよ、一字一句を頭で考えたり、リファレンスを引いたりしてつむいでいかなければならない。
やりたいことは頭の中に完成図として存在しており、それを一望するにはほんの1秒もかからないのだが、それを分解してコードの行の集合に変換する部分のインタフェースがたどたどしいため、確実ではあるが、無限に等しい時間がかかる。
僕の脳は、ネイティブなプログラマ脳ではないのだ。プログラマのコスプレを僕によって強いられている、プログラム脳の苦悩と愉しみを日々味わわされている。
そう思っていた。
だが、外国語脳が直面するコミュニケーションタイムラグのひどさに比べれば、プログラム脳が味わっている無限の時間格差など、無に等しい。
僕にはネイティブな自然言語がない。
子供のころは日本にいなかったから、日本語ですら聞き取りがあやしい。
駿台東大模試では国語で全国10位内に入ったことがあるが、あれは日本語能力とはまた違うものであるのはご承知のとおりだ。
ベトナムで、GTDをパラパラとめくりながら、
「このたくさんあるmaybeの中から、どれをプロジェクトへ昇格させようかな〜」
ってのを漠然と考えていたら、ベトナム人からこれは何だときかれた。
ベトナム人にGTDを説明するハメになった。
GTDの用語でならただ一言で済む概念を、GTD本を読んだこともなく、ToDoリストもヘタしたら知らず、日本語も英語もまったく通じない相手に対して、僕のたどたどしいベトナム語の、数少ない語彙だけで再構成しなければならない。
僕のGTDは、ExcelとPocketModで運用していること。
Excelを毎日PocketMod化してプリント・製本し、その余ったページに新たなInboxを書き付けていること(ユビキタスキャプチャ)。
Inboxだけでなく、オリジナルのGTDにはないLogも書き付けていること。
Logには開始時刻・終了時刻が記録され、「7つの習慣」でいうロール別に費やした時間がGTD Excel上で集計されること。
金銭出納も書き付けており、それはInage式複式簿記に入力していること。
Inboxも、その場でロールを付与する。また、コンテキストも付与する。そして多くの場合は、Calendar, Maybe, Wait, Actionに分類するし、Projectとしてそれに属する最初のほうのActionを書き付けることもある。
パソコンの前に向かったとき、これらがExcelに入力されること。登録時刻もあわせて入れていること(Ctrl+; Ctrl+:)。これにより、思いついてから実行までの所要時間(日数、へたしたら月数w)もわかること。
もちろん、パソコンの前にいるときに思いついたことは、紙には書かずに直接打っていること。
終わった作業には完了時刻(Ctrl+; Ctrl+:)を入れていること。
Excel上の並べ替え機能とオートフィルタにより、Calendar, Maybe, Wait, Action, Projectが自動的に排列され、かつ、終わった作業は自動的に表示されなくなること。
これらをベトナム語で説明するのには、ほとんど、eonといってもいい無限の時間を要した。
脳内イメージがプログラムになるのが無限時間その1とするなら、脳内イメージがベトナム語になるには無限時間その2がかかる。
昔アシモフの本で読んだが、こういう無限の種類をアレフという言葉であらわすらしい。
何にせよ、人間の一生というものは、ほとんどプランク時間単位の本質的創造活動と、秒単位のプログラミング活動と、eon単位のコミュニケーション活動で成り立っている。
eonは大げさだとしても、これは日・月単位、事柄によってはへたしたら年単位でかかる。天才だと世紀単位で待たないと理解されないかもしれない。
僕は天才ではないので、なんとかこの部分を縮めたいというのがテーマだともいえよう。
それは民族の違いにかぎらず、業種の違いや、世代の違いについても言えることかもしれない。