忠告を得られない老人に
妻の上京中の祖父が、今日も隣の部屋でお経を詠んでいる。
78歳。数年前からお寺に入り、お経の勉強を熱心に始めた。
お経なんて詠んだって死後の世界なんかありませんよ、と言ってあげたくなる。
しかし、そんなこと本人には何も嬉しくないかも、と思って躊躇する。
だから祖父は今日もお経を詠んでいるのだ。
私が78になったとき、私は何を詠んでいるだろうか。
それが無駄であるとしたら、その事実を告げてくれる若人はいるだろうか。
それを告げてもらえる老人になるにはどうしたらいいだろうか。
いや、今も自分の年齢未満の人には遠慮されているのではないか。
これは恐ろしいことである。